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東御の魅力とこれからのワインづくりVol.2

くりもときょうこ
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INDEX
  1. つくり手から見た東御のワイナリー造り
  2. 今後の展望、未来に向けて
  3. 終わりに

つくり手から見た東御のワイナリー造り

――中島さんと波田野さんはワイナリーを持っています。良い点、大変な点を教えてください。

中島  僕は、ワイナリーを持たないと自分がつくりたいワインはできないと思っていました。1年だけ、青木村のファンキー・シャトーさんに委託していました。ファンキー・シャトーさんは、亜硫酸の少ない醸造をしているワイナリーで、ぜひそういうところで勉強したいという気持ちもあって、お世話になっていました。

ただ、片道1時間かかるので、ひと秋醸造するだけで大変だと感じて。ほかに自分がやりたいワインができそうな委託醸造先がなかったので、当時の僕には自分のワイナリーを持つ以外の選択肢がなかったですね。

 

波田野  僕の場合も、選択肢はありませんでした。委託していたヴィラデストは、けっこうな量をつくる忙しいワイナリーです。勤務していたこともあってどんな風に醸造するかは知っていたので、ある程度相談してお任せしていました。だから本当に自由にできるのは、自分のワイナリーを持ってからだろうなと。ぶどうは自分の好きなようにできるので、まずはそこで頑張ろうと思っていました。

自分のワイナリーができてからは、本当に好きにできるし、いいなと思うものを臨機応変に追求できると感じています。ただ、大変なこともやっぱり多くて。

 

中島  逆説的だけど、設備面と資金面で、ワイナリーが一番の制約になりますよね。いろんなパターンの仕込みができる設備がほしいとか、広げたいとか思っても、実際はそんなに欲張れない。

 

波田野  日本のワインの醸造免許は、酒税の関係で税務署の管轄です。酒税が絡むと、帳簿の量があり得ないくらい多くなるんですよ。酒税自体はワイナリーから搬出した時点で課税されますが、入り口から出口までの過程をすべて帳簿に残しておかないといけないんです。

たとえば、樽から100ml出してテイスティングした、タンクからタンクへ移動した、プレスで搾った、樽に入れた、樽は毎日蒸発して少しずつ減るので足したというのを、すべて帳簿に書きます。

 

中島  適当にやりたくなるほど、大変。

 

波田野  でも、ちゃんとつけておかないと、あとで「これ、おかしいですよ」となった時に困る。

気をつけないといけないのは、帳簿が大変だから仕込みの方法やアルコール度数を一律にしたくなることです。毎年違うつくりで、搾汁率も補糖の具合も違うとなると、帳簿を全部書き分けないといけません。工業的につくるなら、毎年同じ仕込みで同じアルコール度数にコントロールすれば帳簿も簡単です。

じゃあ全部同じにするかと考えたくなるんですが、そうなると本末転倒。僕たちは、帳簿のためにワインをつくっているわけじゃなくて、おいしいものをつくるためにワインつくっているので。多様性も失われていくし、本当においしいワインじゃなくて楽なワインづくりになってしまう危険があると思います。

ワイン特区の中に、小規模ワイナリーは帳簿を簡略化できるというのがあればね。小規模ワイナリーに経理担当者を雇う余裕はないし、払う酒税も多くはない。違法行為をしてまでごまかすメリットもない。税務担当官も、手間ばかりかかって大変だと思う。

 

中島  それか、自動化する何かを誰か発明してくれたらいいんだけど。

 

波田野  すでにあるみたいだけど、価格が高い。

中島  醸造機器も高いし……。ちょっとしたものが、何十万円もかかるので。

 

波田野  委託醸造のほうが楽なんじゃないかと思うところだよね。

 

――田辺さんは委託醸造していますが、委託の難しさはありますか?

中島  利益をある程度、委託先に差し出さないと、委託はできない。

 

田辺  そうそう。

委託も、知識がない人が委託する場合と、勉強してきた人が委託するのとでは、全然話が違うと思うんです。僕は中島さんと波田野さんのところにお願いしているので、それぞれが持っている機械を分かっていないと、どういう醸造で依頼しようかという設計図を自分でビルドアップできないんですね。さらに、その設計図のためにはどういうぶどうを採らなきゃいけない、ということもあります。「今年はこういうメルローを作っていけば、やりたい醸造に繋がるな」「こういうふうにしておけば楽だな」というように逆算したほうが、自分が作りたいワインに近づける。

研修機関も兼ねているアルカンヴィーニュは、アドバイスしてくれる人とたくさんの機材があるから、いろんな応用が利いて初心者にはいいですよね。いずれにしても、委託するならアイディアや知識を持つべきだと僕は思う。

 

――アルカンヴィーニュがあるのも、東御のアドバンテージですね。
みなさんは、ワインづ造りの勉強や技術のブラッシュアップなどはどのようにされているんですか?

中島  ぶどうの病気や市販されている資材の性質などは、醸造機器屋さんに教えてもらうことがあります。病気については、県やメーカーが研修を開催してくれます。年に1、2回参加すれば十分ですね。研修のテーマと関係ないことも相談できるので助かります。

ただ、「おいしくするためにはどうしたらいいですか?」という問いに答えてくれる人は誰もいない。何がおいしいかは人それぞれ、畑それぞれ。ワインの方向性は全員違うので、自分で考えるしかありません。それがワインの難しいところでもあり、面白いところ。持論を持ってやるしかない。

 

波田野  かつては、大手ワインメーカーは外に技術を漏らさないスタンスだったんですけど、最近変わってきました。他のワイングロワーとコミュニケーションをとって、情報開示や技術提供をしてくれるようになりました。やはり、経験のある人からある程度情報や技術を教えてもらうのはすごく大事ですね。

あと、僕らの世代だと、同業者同士で集まって意見交換会や勉強会もするようになってきて、そこは僕がヴィラデストに入ったときとは大きく変わりましたね。

 

  僕はここ3年ほど、冬場はマンズワイン()で働いていて、勉強させてもらっています。

 

 

――ワインは歴史が古いお酒なので、やれることはやり尽くされているのではないかと素人は考えてしまいますが。

波田野  全然。できることはまだいっぱいあります。

 

田辺  ここで何かすると味が変わる、というポイントは数限りなくありますよ。

 

波田野  発酵という過程が入ってくるので、振れ幅が大きいんですよ。変な話、発酵が終わったワインをフタをあけて一日放置したら、すごいことになります。もちろんぶどうしか使わないので、本来持っていないものはなかなか出ませんが、それにしても振れ幅はすごく大きい。

 

 

――こういうものが造りたいというイメージ、個性はワインにどう反映させていますか?

田辺  個性は、基本的に“人”じゃないですか? その人の個性や経験、さらにどういうワインを造るかにもよります。

 

波田野  たとえば、日本でブルゴーニュみたいなワインが造りたいというのは、まあ無理じゃないですか。その土地でとれるぶどうがどうやったらいちばんおいしくなるかという着地点が、可能な範囲で見えていないといけないと思うんですよ。人間に空を飛ぶのは無理だけど、100m10秒台で走るのはもしかしたらいけるかもしれない。そこを間違えなければ、逆算でいけるわけですよ。僕はそういう考え方ですね。

 

田辺  何をおいしいと感じるかは人それぞれ違うから、そこですでに個性が出ますよね。僕はおいしいと思うものと、中島さんのそれは違う。だから違うものができる。

 

波田野  人間の鼻は、人によって嗅げる香りが違うんですよ。そうなると、好みも絶対変わってくる。10人が10人ともおいしくないワインを僕はおいしいと思っていたら、なかなか難しい。コアなファンは増えるかもしれないけど(笑)。嗜好品だから、何とも言えないですよね。100m走だったらタイムだけで済むけど、ワインはそうはいかない。

 

田辺  同じぶどうを3人に配って、「ハイ、つくってください」ってやったら、絶対違うワインになるんですよ。

 

波田野  それ、やってみたら面白いかもね。

 

田辺  ただ東御は、原材料になるいいぶどうがとれます。

これを使えば、変なことをしなければ、飲めるワインにはなるんですよね。そう思うと、東御はワインづくりのベースがしっかりしているよね。

 

 

 

今後の展望、未来に向けて

――みなさんそれぞれの、今後の展望をお聞かせください。

中島  うちはターニングポイントを迎えているので、これからつくるワインは振れ幅が大きくなるかもしれません。御堂地区は新しい品種がどっと増えますし。

妻はワインスクールに通って、ブラインドテイスティングを根を詰めてやった経験があります。コメントをしっかりくれて参考になります。少し前にうちの2018ヴィンテージを一緒に飲む機会があって、僕よりもずっとたくさんコメントを書いていて。ワインの特長を文章に残すのが得意ですね。

 

田辺波田野  いいですね。うらやましい。

 

中島  そこは楽させてもらっています。方向性は妻とほとんど同じなので、厳しいコメントであっても助かります。今年が70点だとしたら、来年は100点を目指して修正できるところを味わいから探っていくんですが、妻という強力なパートナーを得て、方向性が変わるのは間違いないです。

ぶどうの選果も僕よりずっと厳しくて。2019年のペティアンは、(原料となるぶどうの)廃棄率がけっこう高くなって、その分きれいな味になりました。家族それぞれの人間性の間でワインが生まれていくのかな。それはそれで中島の運命。

 

田辺波田野  (笑)

 

田辺  僕はどうなんだろうな。まだ勉強しているところなので、いろんな造りをやってみたいし、いろんなアイディアを自分の中で蓄えてからワイナリーを造っていきたいと思っていて、それを試してるのかな。いや、試させてもらっていますね(笑)。

波田野  田辺さんは、僕らの頭にないことをやるんでね。みなさんにも高評価だったヴィラデストは、王道のスタイルで博打的な作り方はしません。僕はそこで育った人間なので、あまり枠から外れてしまう醸造は頭の中にはなくて。田辺さんは、僕の常識にはないぶどうのさまざまな数値や仕込みの方法でやるんで、最初はショックが大きくて。終わってみると、勉強になっているんですが。刺激的ですよね(笑)。

 

田辺  冬場働いているマンズワインでは、きちんとしたワイン造りをしているので、それと違うアイディアがどんどん出てくるんですよね。そもそも、アイディアを蓄えないと、必要な機材も見えてこないんですよ。そこが見えないままワイナリーを造ると無駄がたくさん出るので、その分勉強しようと。東御に来たとき、40歳までにワイナリーを造ろうと決心して、あと残り2年なんですよね。

 

波田野 おっ、宣言しちゃう?

 

田辺  宣言しないと、このまま委託先に甘えてしまいそうで(笑)。勉強してワイナリーを建てて、自分のおいしいワインを好きなように突き詰めていく。年によってぶどうは違うので、それに合わせて臨機応変にできる柔軟な頭でいないといけない。そのためにはいろんなワインを飲む必要があるし、ワインの流れも追いかけながら造っていくのが僕のスタイルかな、と。実際、僕のワインは毎年味が変わっています。それは造りを変えているから。

 

波田野  ふつうは「うちのメルローはこういう味です」という感じなんだけどね。

 

田辺  2017年はひょうにやられて、収穫量が三分の一しかなくて。だから、こういう時にしかできないワイン造りをしよう、面白く遊ぼうと思って、要望や意見を伝えながら委託先に造ってもらいました。

 

波田野  僕は、最終的にかたちを決める方向で考えています。今はワイナリーを造って3年、仕込みも3回しただけなので、勉強段階。毎年、栽培も醸造もある程度変えて、今ここの土地でできるベストな造りがどういうものなのかを探っているところです。

と同時に、田辺さんみたいな僕とはまったく考え方の違う人が委託してきて、結果的にすごくいいワインになるという計算外の新しい刺激が入ってくるのもあり(笑)。15年やっていて、この3年がいちばん勉強しているかな。

 

 

終わりに

波田野  今植えた樹で本当にいいぶどうが採れるのは、僕らが引退する頃かもしれません。樹齢40年、50年過ぎていい味になると言われているので。自分の世代で完結しない可能性もある。だから、「あそこの味をなくしちゃいけない」と、誰かしら引き継いでもらえるようなブランドに育てたい。

東御市は、ひとつの市の中でさまざまな品種の上質なワインを造れる可能性があります。そこは、他の土地にはない面白さですよね。その分、個々のワイングロワーの知識が問われる難しさはあります。

いいものを造っていればお客さんはつくので、個々のワイナリーとしては生き残っていけるかもしれない。でもやっぱり、全体的な土地のレベルが上がったほうがいいと思うんですよね。「この土地のワインはハズレが多い」となってしまうと、そこで終わり。一番おいしい日本ワインを作るのは東御だ、東信地区だ、千曲川ワインバレーだとなれば、人が集まってくると思うんですよ。

 

田辺  山梨みたいに、みんな仲良くやっていければいいね。

 

波田野  ワイングロワーなんて個性的な人が多いので、協調性はあんまりないけど。

 

中島  一代目揃いだね。

 

波田野  みんな創業者だ。

 

中島  こんな産地ないですよ。

 

田辺  もしかしたら、山梨も一代目はこんな感じだったのかもしれないですね。いろんな人が造るし、いろんな考えも入ってくるし。それを吸収できる東御市であればいいですね。

 

中島  今、東御のワインを買ってくれているのは大都市圏で、地元ではマイナー商品です。

 

波田野  とはいえ、だんだん飲む人は増えてきています。こどもの保育園のママさんパパさんが、年末年始やクリスマスに実家へのお土産として買ってくれている。地元の飲食店も、なかなかワインを消費する産地ではないにも関わらず、頑張って地元のワインを置いてくださっていて。産地的にデイリーワインは難しいので、毎日でなくとも、特別な日に地元の人も飲んでくれるといいですね。

つくり手も一代目揃いの産地だから、お客さんもワインに慣れていなくて当たり前。これが2代目、3代目になって、土地の文化としてワイン造りが根づいてくれば、どこでも飲むようになると思いますよ。実際、歴史が長い塩尻では土地の人も飲んでいる。山梨にいたっては、居酒屋でも葡萄酒みたいな感じで出てくるし、安いワインを飲む文化もある。そうなるまでは時間がかかりますよね。

 

中島  あとは、車の自動運転が普及したら、大きく変わるかな。

 

田辺波田野  それそれ!

波田野  自動運転の精度が上がったら、飲酒運転の概念自体、なくなるかもしれないですよね。長野県は車社会だから、飲んで帰るとなるとタクシーや代行運転のお金がかかる。だからみんな、めったなことでは飲みに出歩かないでしょう。自動運転なら、飲んでも帰れる。どっちが飲むかで、奥さんともケンカしないで済む。そうすれば、世の中も平和になるかもしれない(笑)。

 

 

プロフィール
中島 豊 
1978年東京都出身。2002年に大学を卒業して、システムエンジニアとして会社勤務。2009年に東御市に移住。国内だけでなくフランスやドイツでもワイン醸造の研修を受け、2014年に「ドメーヌ ナカジマ」をオープン 

ドメーヌ ナカジマ 
住所:東御市和4601-3 
e-mail:info@d-nakajima.jp 
http://d-nakajima.jp/ ※ワイナリーの売店は11~16時(土日)オープン ※HP内ブログ要確
波田野 信孝
1983年埼玉県出身。料理人を経て2006年からヴィラデストに就職し、ぶどう栽培・ワイン醸造に携わる。2013年に独立してヴィンヤード「Man malu Noka」園主となり、委託醸造でワインをリリースしはじめる。2017年にワイナリー「Cave hatano」を開業。

Cave hatano(カーヴ ハタノ)
住所:東御市新張525-9
FAX:0268-55-7412
e-mail:nobutaka@c-hatano.com
https://www.facebook.com/cavehatano/
田辺 良
1981年埼玉県出身。アメリカの大学で写真を学び、帰国して商社に勤める。その後、酒販会社に転職して、国産ワイン担当バイヤーに。自らワインを造りたいと考え、2010年に退職して東御市に移住、新規就農する。野菜農家としてスタートしながらぶどう栽培も手掛け、ワインをリリースしている。
ApertureFarm(アパチャーファーム)
住所:東御市和3107-1
e-mail:aperturefarm@gmail.com
https://www.facebook.com/ApertureFarm
writer
くりもときょうこ
くりもときょうこ

総合出版社で編集者として14年間、青年誌・女性誌・男性週刊誌・児童書と脈絡のないキャリアを経たのち、なんでも来い!の雑食系フリーランス編集・ライターに。こんなに楽しいならさっさと会社員を辞めればよかったと思う移住5年目。人生の重大事は「食」「好奇心」「秩序」。文弱の徒と脱学校少年と双子ズと長野県東信エリアの某村に暮らす。