東御市ならではのプライスレスな「宿」体験
2020年の東御市は、立て続けに小さな宿が新しくオープンした“当たり年”。
その中でも、特長ある2つの宿を取材しました。
東御市で今注目すべきは、コージーで小さな宿
ひとつは、ワイナリー「リュードヴァン」が満を持して開業した、「シャンブルドット・リュードヴァン」。
シャンブルドット(Chambre d’hôte)とは、個人宅のゲストルームに泊まって朝食が提供されるフランスの宿で、いわば“民泊”。シャンブルドット・リュードヴァンでは、リュードヴァンのカフェレストランのフルコースディナーと、料理に合わせて供される自社ワインも組み込まれています。
もうひとつは、愛犬と一緒に泊まれる宿「コテージGlass and Grass」。名前の通り、ワイン(Glass)を楽しむための広いキッチン&ダイニングとデッキと、愛犬が駆け回れる芝生(Grass)の庭が備えられています。一棟貸しなので、飼い主も愛犬も気兼ねなく過ごせます。
それでは、それぞれの宿をくわしく見ていきましょう。
シャンブルドット・リュードヴァン
ワイナリーとして東御に根を下ろして10年の節目
写真/コーポレートカラーのブルーと空の青さが呼応する、ワイナリー&カフェレストラン外観
フランス語で「ワイン通り」を意味するリュードヴァンは、「ワインと共に暮らしていける環境と文化が、繋がって一本の通りのようになり、広がっていってほしい」というオーナー・小山英明さんの願いが込められています。
小山さんがかつてフランスのシャブリ村に滞在した時、ちょうどブドウの収穫期でした。村をあげて収穫を祝い、村人たちは暮らしの中にワインがある悦びに満ちていました。ワインが土地と文化と人と不可分な関係にある様子を目撃した小山さんは、これこそが豊かな暮らしの本質ではないかと思い至ったそうです。
2010年のワイナリー完成からはちょうど10年ですが、耕作放棄地となった元りんご園を開墾してブドウの苗木を植えはじめたのは2006年。東御の地に根を下ろして15年経とうとしているところです。
「ワインは飲んでくれればわかる」と、能書きやうんちくに頼らずとも説得力のあるワインづくりを身上としています。
写真/オーナーの小山英明さん。過去に醸造家として勤めた会社では、日本のワイン業界に「こんなワインが日本でつくられていることが信じられない」と衝撃を与えるようなワインをつくっていた。ワイン醸造家としての腕は折り紙付きだ
時間を気にせず料理とワインを楽しんでほしい
写真/コースはアミューズからはじまって、コーヒーと小菓子までのフルコース。ワインは5~6種楽しめる
まずブドウ畑、次にワイナリーを、そしてカフェレストランを……と、少しずつヴィジョンをかたちにしてきた小山さん。宿を作りたかった大きな理由のひとつに、お客様にもっと料理とワインを楽しんでほしいという願いがありました。
カフェレストランのディナーは6皿のコース料理で、それぞれの料理に合う自社製ワインと共にゆったり味わうスタイルです。
ですが、駅から遠い立地ゆえ終電を気にされるお客様がいたり、自家用車移動が基本の当地ではドライバーはワインを飲めなかったりと、必ずしも理想的な環境でディナーを楽しめるわけではありませんでした。
すぐ近くに宿があれば、心ゆくまで料理とワインを楽しんで、あとはふかふかのベッドで寝るだけという夢のような時間が実現します。
実際、この宿ができてから、18時から22時まで4時間かけてディナーを楽しまれたお客様もいらっしゃるのだとか。なんともうらやましい話です。
隅々までオーナーのセンスが光る
写真/少しミステリアスな雰囲気のある玄関扉が期待を高めてくれる
2年前に物件を取得してこつこつと手を入れ、2020年10月にプレオープンを迎えます。
まずは友人・知人に泊まってもらい、気づいたことや率直な意見を聞きつつ、11月のグランドオープンに向けてスタッフの“練習”を重ねました。
古い家をリノベーションしたので、ブレーカーが落ちたり、思わぬ給湯トラブルに見舞われたりしたそうです。また、室温のデータを取って、冬場も快適に過ごしてもらえるように対策を立てています。
玄関扉は鮮やかなブルー。そこにあしらわれた穴の開いた古材が目を引きます。これは、シャンパンの製造には欠かせない「ピュピトル」と呼ばれる木枠を解体したもの。リュードヴァンで10年使ってお役御免となった“本物”です。
玄関のスリッパラック、自社ワインの空きボトルを差した象徴的なオブジェ、サロンのアート作品と見まがう照明、客室のキーホルダーや鏡の枠なども、ピュピトルから小山さんが自作したもの。
器用でDIYが大好きな小山さんは、ひらめくアイデアに心躍らせながら夜な夜なひとりで制作に没頭していたのだとか。
写真/白を基調とした落ち着いた空間には、差し色としてブルーがあしらわれている。小山さんの故郷・千葉県で親しんでいた海の色だ
客室は2階で2室のみ。広さに少し差があるものの、設備はほぼ同じです。そこに、小山さんの審美眼によって選び抜かれたワインやブドウ、東御市の名産・くるみに関連したアイテムが控えめに置かれ、この宿の個性をにじませます。
1階のサロンには特大のソファとオーディオ愛好家も唸るスピーカーやアンプが置かれ、ディナーの後の一杯を楽しむこともできます。
隣接するキッチンでは朝、フレンチスタイルの簡単な朝食(クロワッサンとカフェ・オ・レなど)が供されます。
宿泊者に準備を手伝ってもらいながら小山さんも共に食卓を囲むという、シャンブルドットらしいスタイルです。
シャンブルドットは夢の通過点
写真/サロンのスピーカーは、パイオニアのハイエンドオーディオブランド「TAD」。臨場感とクリアな音が素晴らしく、聴くというより身体ごと音に浸る感覚だ
隅々まで心配りがされているシャンブルドット・リュードヴァンはひとつの到達点に見えますが、小山さんの中では、大きなヴィジョンの通過点に過ぎません。実現したい未来は10年前も今も変わらず、あとはどう実現していくかのみ。リュードヴァンとしては、テーブルワインの生産という“裾野”を広げるベクトルと、シャンパンメゾンという高みを目指すベクトルの両方を狙うという、日本ではまだ誰も見たことのない到達点を目指しています。
シャンブルドット・リュードヴァンは、そんなリュードヴァンの世界観にまるごと身を浸せる場所と言えそうです。
コテージGlass and Grass(グラス・アンド・グラス)
愛犬家だからこそ切実にわかる「宿問題」
写真/南側のテラスとエントランス。このテラスも一部、鈴木さんが作った。薄いブルーグレーがしゃれている
今やペットの数(犬と猫の総数)は、15歳以下の子どもの数とほぼ同数という調査結果もあるのだとか。ペットも立派な家族の一員と言われて久しいですが、旅行となるとまだまだ障壁が多いのが現状。気兼ねせず愛するペットと泊まることができて、さらに立地も雰囲気も期待以上だったら……最高の旅になること請け合いです。
そんな夢のようなペットとの旅行が叶うのが、2020年7月にオープンした「コテージGlass and Grass」。オーナーの鈴木秀一さんは、自身が愛犬家。今は奥様とともに、保護犬2頭と暮らしています。
鈴木さん自身、犬との旅行の難しさは肌身で感じていました。ペット禁止の場所も多く、犬と遊べる場所も意外にない。ならばと河口湖に山荘を持ち、プライベートドッグランを作ってようやくのんびり過ごせる時間が手に入りました。その後10年を経て、同じようなプライベートドッグランのある自分達が泊まりたくなるような宿を作ろうと決意を固め、新天地を探すことに。その中で、東御市の今の土地を見つけました。
南斜面の眺めの良い高台で、すぐ下にはワイナリー「カーヴ・ハタノ」(当時は建設前)、歩いても行ける距離に「アトリエ・ド・フロマージュ」があります。一目で気に入り、夢の実現に向けて動き出しました。
商社系ITエンジニアからコテージオーナーへ
写真/オーナー・鈴木秀一さん。1日1組限定で愛犬と共に過ごし地元のワインを楽しめる宿というコンセプトも、夫婦ふたりで営むことも早い段階で決めていた
鈴木さんは商社のITエンジニアでした。ご本人の出身は静岡県で、奥様は神奈川県出身。会社を辞めて独立し、「東御市を『とうごし』と読んでいた」状態から新しいチャレンジを携えたIターン移住となりました。
当初予定していたゴールデンウィークの開業からはずれ込みましたが、2020年7月に無事オープン。1日1組限定というコンセプトが好評で、悪くない滑り出しとなっています。
そもそも“愛犬と泊まれる貸し切り宿”というコンセプトを後押ししてくれたのは、千葉県で「Dogコテージ海の音(うみのね)」を営む川勝さんご夫妻。知人が紹介してくれました。
そして、お客様第1号はなんとその川勝さんご夫妻だったのだとか。一般のお客様同様に予約して愛犬2頭とともに訪れ、有益なアドバイスをたくさん残していってくれたそうです。
コテージGlass and Grassのチェックインは14時。これより遅いと慌ただしい滞在になるので、あえて早めの時間にしたのだとか。まずは宿に腰を落ち着けてのんびりして、夕暮れの素晴らしい景色を心ゆくまで眺めてから夕食の準備にとりかかってほしいという思いに、鈴木さん夫妻のホスピタリティがうかがえます。
逆にチェックアウトは10時で、宿としては標準的な時間です。ここにも、「愛犬家は犬の散歩で朝が早いので」と、愛犬家ならではの視点が。
みずからDIYした宿はさらに進化中
写真/キッチンと、ペレットストーブのコーナー。コテージの内装はかなりの部分を鈴木さんがDIY。キッチンのタイルもストーブ横のヨーロッパ田舎風の吊り戸も自力で取り付けたというから、かなりの腕前
コテージGlass and Grassには、過ごしやすさを考えた工夫が随所にちりばめられています。
キッチンのコンロはIHで可動式。テーブルに置けばみんなで調理しながら食べられるので、食事の楽しみが広がりそう。
暖房はペレットストーブを選び、扱い慣れていない人でも安全に操作できるようにしました。炎を見ながら暖をとれるのは、冬場の何よりの“ご馳走”かもしれません。
写真/テラスと繋がっている2階寝室。淡いラベンダーピンクの壁は甘すぎず、柔らかな雰囲気を醸し出す
寝室は1階と2階にあり、2階はテラスに出られます。ここからは、八ヶ岳、蓼科山、美ヶ原から北アルプスまでが眺められます。もちろん天気の良い日に限ってですが、日本有数の晴天率を誇る東御市では、幸運に恵まれる確率も高そうです。
DIYは現在も進行中で、風景に溶け込む小屋を作っているところ。少しずつ手を加えて変わっていく姿もまた、再訪する楽しみになりそうです。
「1泊じゃもったいない!」とリピーターも
写真/1階デッキからの風景。柵の手前が芝生の庭で、今後ファイヤープレイスなどを作る予定
宿泊されるお客様の約8割が愛犬と一緒。鈴木さん夫妻が思い描いたコテージが、現実のものとなりました。
最初は1泊だけという方が多いですが、連泊がおすすめ。一度泊まりに来たお客様の中には、すっかり気に入って次は連泊される方もいらっしゃるようです。
軽井沢町に近く、城下町の上田市、さらに美ヶ原、松本市や安曇野市にもアクセス良好です。ここを拠点に、信州を縦横無尽に楽しむことができるのはまさに東御の地の利です。
また、食の満足度が高いのも東御市の良さ。ワインやチーズもさることながら、パン屋のレベルが非常に高く、野菜も驚くほどおいしいというのは、多くの移住者の一致した意見です。
ゆくゆくは、ガーデンパーティーを開催したり、ホームページやSNSで信州での犬連れの旅や遊び場の情報をもっと発信したりしていきたいと、鈴木さんの夢は尽きません。
「1日1組限定」「ドッグフレンドリー」とコンセプトははっきりしていますが、犬連れでなくとも、誰もが豊かな時間をゆったりと過ごせる――。そんな、極上の旅を予感させてくれるコテージです。
まとめ
写真/コテージGlass and Grassのブドウ畑。メルローとソーヴィニョン・ブランを20本ずつ植えている。垣根と垣根の間が離れているのは、将来ガーデンパーティーができるようにあえてそうしたのだとか
どちらの宿でも、取材中、言葉にならない感嘆の声を連発してしまいました。
宿を支える“背骨”となるオーナーの考え方、楽しみながらセンス良く仕立てていくDIY力、そして何より、泊まる人に絶妙な距離感で寄り添ってくれるホスピタリティが素晴らしかったのです。
東御市には、他にも素敵な宿がたくさんあります。
何を求めるかで選ぶ宿もおのずと決まってきますが、「この宿に泊まるために東御に行こう!」という選び方も可能なほど、それぞれに愛すべき個性があります。
そして、できるならばぜひ連泊を! 新型コロナウイルスの猛威はまだまだ油断できませんが、密にならない居心地の良い宿で心身を休めるのもまた、“養生”になるかもしれません。
シャンブルドット・リュードヴァン 住所:長野県東御市祢津813-1 メール:hotel@ruedevin.jp ホームページ: https://ruedevin.jp/ ※ご予約・お問い合わせはメールにてお願いします。また、宿泊料金・設備等の情報はホームページを ご確認ください
コテージ Glass and Grass 住所:長野県東御市新張525-2 メール:info@glass-and-grass.com ホームページ:https://www.glass-and-grass.com/ ※お問い合わせはメールか公式SNS(Facebook・Instagram)から、ご予約はホームページからお願いします