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東御の魅力とこれからのワインづくりVol.1

くりもときょうこ
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INDEX
  1. 若手ワイングロワーの対談が実現
  2. 三者三様のキャリアとワイン造り
  3. つくり手から見た東御の気候風土と人

若手ワイングロワーの対談が実現

東御市のワイナリーは現在、10軒にまで増えました(2020年2月末時点)。ブドウ栽培から手掛けて委託醸造で自らのワインをリリースしている方を含めると、「ワイングロワー」としては、より多くのつくり手がいます。

東御の若手ワイングロワーの中から、今回は「Cave hatano」の波田野信孝さん、「Aperture Farm」の田辺良さん、そして「ドメーヌ ナカジマ」の中島豊さんにお集まりいただき座談会を開催しました。波田野さんは東御で14年ほど、田辺さんと中島さんは10年前後のワイングロワーとしてのキャリアがあります。

いずれもほかの土地から東御市に移住してきた方々です。

(写真右から波多野さん、田辺さん、中島さん)

ワインのつくり手から見た東御の魅力、ワイン造りのことなど、さまざまな角度から語っていただきました。

 

 

三者三様のキャリアとワイン造り

――まず、自己紹介からお願いします。

田辺  今は、ワイン用ぶどうを植えてから10年くらい経ちました。まだワイナリーは持っていないので、ぶどうは全部、波田野さんと中島さんのワイナリーに持ち込んで委託醸造して販売しています。将来はワイナリーを造る予定ですが、まだ自分は勉強が足りていないと感じているので。いや、ワイナリーは造らないほうがむしろ楽なんじゃないか、とも、正直感じています。

 

中島  同感です(笑)。

 

田辺  自由に意見を出して醸造に反映してくれる委託醸造先があれば、必ずしもワイナリーは持たなくてもいいという考え方はあるかもしれません。委託先は、最初は「リュードヴァン」や「アルカンヴィーニュ」でお世話になるなど、僕は何度か変えてきました。ただ、委託だからお任せではなく、責任感がないと委託先に迷惑をかけてしまいます。勉強もしなきゃいけないし。

 

波田野  牽制された感じだな。「これからも自由に要望を出すぜ」宣言みたいな(笑)。僕も、委託醸造をしていた時代に、もし今自分が建てたようなワイナリーがあったら、自前のワイナリーは建てていなかったかもしれません。不自由なほうが独立は早まるよね。本当に自分の好きなものをつくりたいと思ったら、自分でやらないとできない部分があるので。

 

田辺  好きに意見や要望を伝えられる委託先があるとね。婚期が遅れる、じゃないけど(笑)。

 

波田野  僕は2006年に東御に来て、「ヴィラデスト」に就職して、ワイナリーに配属されたのがきっかけでワイン造りをはじめました。それまでは料理人だったのが、偶然ワイン造りをすることになって。ヴィラデストで7年間働いて独立しました。野菜農家をしながらぶどうも造って、ヴィラデストに委託醸造して、ワインを販売していましたね。5年の間に資金と信用をつくって、2017年に自分のワイナリーを建てました。

僕がヴィラデストに就職してから、田辺さんも含めていろんな人が東御に来て、県も推進してアカデミーのようなものがはじまって。やっている間に、環境が変わっていった感じですね。ヴィラデストを退職する頃には、東御が新しいワイン産地として認知されるようになっていました。

独立した頃は、市はどちらかというと反対している印象でした。実際、僕らがはじめたときは、なかなか畑を紹介したり貸したりしてもらえなかったんです。荒廃農地を借りて自分たちで開墾するところからだったので、土地自体も一等地ではない山の上や狭いところからスタートでした。それがだんだん変わって、いい土地も出てくるようになりましたね。そういう意味では、今はじめている人はラッキー(笑)。

 

中島  僕は31歳の3月末で会社をやめて、4月に東御に引っ越してきました。今42歳なので、もうすぐ11年経ちますね。36歳で酒造免許を持って、昨年の秋が6回目のワイン造りでした。最初の5年は畑だけ、次の5年はワイナリーをはじめて安定させるところまで、という感じです。

ワイナリー5年目の去年は、自分にとってひとつの節目でした。結婚して、ワイナリーも広くなって。この春から、御堂地区に新しく1.5ヘクタールの畑を持つことが正式に決まったので、これから畑やワイナリーをどうしていくかという第2ステップに入ります。今持っている畑にはぶどうの樹が5000本植わっていて、新しい御堂地区には5000本植えるので、ちょうど倍になる。借りたお金を返せるように、早めに軌道に乗せないといけない、というところです。

 

――今、日本でワイングロワーになるならば、長野か北海道と言われています。その中でも東御を選んだのは、何かしら決め手があったのでしょうか。

波田野  僕の場合は、ヴィラデストありきでした。ヴィラデストは、料理だけでなくパンもつくっていて、ハーブ園があって、炭焼きもやってと、いろんなことをやっています。オーナーは画家でエッセイスト。自分にとって、クリエイティブなことがすべて詰まっているような場所だったので、いろいろ勉強できるんじゃないかと感じて東御に来ました。

ワイングロワーに興味を持ったのは、配属されて初めて飲んだワインがきっかけですね。ヨーロッパのおいしいワインと同じようなニュアンスがあって、可能性を感じました。当時はなかなかおいしい国産ワインに出会えない時代で、ヴィラデストのワインもそんなに出回っていない状況でした。だから、初めて飲んだヴィラデストのワインがおいしくなかったら、東御を離れていた可能性はあります。もっと違うおいしいものをつくれる場所に移ったかもしれないし、そもそもワインではなかったかもしれない。

 

田辺  東御に来る前は、東京・築地の酒屋で国産ワイン担当のバイヤーをやっていたんですよ。「とりあえず仕入れに行ってこい」と言われて、北海道から宮崎までワイナリーに通っているうちに、いちばんしっくりきた、自分が思うおいしいワインがヴィラデストのワインだったんです。自分が好きな品種のメルローで、酸がすごくきれいなワインを造っていた。「これ、もうちょっと頑張れば面白いものができるんじゃないかな」と思って。

そこから、バイヤーの仕事の傍ら東御に通って勉強して、ヴィラデストの醸造長・小西さん(現社長)といろいろ話をするようになりました。つくり手と話しているうちに造りたくなったタイプですね。

 

中島  僕は、ヴィラデストのワインと、ワイン特区()が決め手でここに来ました。
一番のきっかけはヴィラデストで、ワイナリーに何回か行きました。本当においしくて、飲むと凝縮感があって、いいワインができるんだなと感じて。東御市がワイン特区になった、その半年後に移住しました。

 

 

つくり手から見た東御の気候風土と人

――東御の気候や風土はいかがですか?

波田野  ぶどうやワインの味は国内トップクラスのものができますね。標高の高さや、南斜面で日当たりがいいとか、環境としていい部分があるんじゃないですかね。他県のワイナリーとは、味が違うよね。

 

田辺  栽培の方法もみんな違うからね。

 

中島  たとえば山梨は、樹勢が強くて樹が太くなりやすいんですよ。それを抑えるために、垣根から棚に変えるなどしていますね。

 

田辺  ぶどうの樹は、少しずつ大きくしていくのが理想なんですよ。東御は、それがやりやすい環境だと感じています。

 

――今年の冬は今までになく暖かいですが、温暖化の影響は感じていらっしゃいますか?

波田野  20年前、15年前は、もっと寒くて全然違っていましたよね。僕がヴィラデストに在籍していた当時、特に前半は凍害でぶどうの樹が枯れることもありました。最近は、凍害はまずないですね。

 

田辺  たしかに、移住してきたばかりの頃は夏も涼しかった。

 

波田野  暑すぎるのもよくないですよね。温暖化でただ単に平均温度が上がるだけならまだ対応できますが、異常気象が一番の問題ですね。たとえば、ひょうが降るようになったり、台風が巨大化したり。あとゲリラ豪雨。しとしと降らずに、梅雨の時期にドカンと降るとか。

 

田辺  ひょうはゲリラ豪雨についてくるからね。

 

――東御の風土で、感じることありますか?

波田野  野菜にしても果樹にしても、長野県のものはおいしい。レタスやキャベツの苗をこちらで買って、埼玉の実家にも分けてそれぞれで育てるんですけど、こっちの味には絶対勝てないです。あと、パン屋のレベルが高すぎます。

東御は住みやすいですね。近くに軽井沢があって、新幹線に乗れば1時間で東京に行けるから不便はない。空気はきれいで、山も川もあって、温泉があって、比較的天災は少ない。天国みたいで、こんないいところは他にないですよ。

 

――人はどうですか?

田辺  人は明るいんじゃないですか?

 

波田野  晴天率が高いのもあるのかな。やっぱり、晴れているのはいいよね。

 

田辺  コミュニティに入っていく難しさはそんなに感じなかったです。ただ、畑を借りるのに苦労したかな。移住してきた時、東御市の農政課に「ワインぶどうで新規就農したい」と相談しにいって断られているんですよね。仕方ないからまず野菜農家で修業させてもらって、野菜農家として独立しつつワインぶどうを植えていました。

どうしても、知らない人に畑を貸すのは難しいじゃないですか。だけど、一度信用を得ると「やってくれ、やってくれ」と言ってもらえて、しかも評価が広がるスピードに驚きました。真面目にやっていれば、どんどん広がりますね。

 

波田野  地元の方は、とてもよく見てますよ。今でこそ珍しくありませんが、僕たちが入ったときは、新規就農する若者はすごく珍しかったんで、すぐに噂になるんですよ。

 

――新規就農する方から、相談を受けることもありますか?

田辺  最近はあまり相談に来ないね。来るとしたら、ぶどうの樹を植えてから来ることが多い。

 

波田野  「えっ? それ植えちゃったの!?」みたいな。新規の人はみんな情熱を持っていて、それ自体はもちろん悪いことではないんですが、自分の中で「この栽培方法でこの品種をやりたい」という気持ちが強すぎることがあります。その土地に合うかどうかの知識もないうちに植えてしまうことがありますね。

東御の面白いところでもあるんですが、畑の標高が下は500mから上は1000mくらいまで幅があるんです。フランスでもそこまで標高差のある土地はなくて、せいぜい緯度で品種が変わるくらい。ひとつの市の中で500mの高低差があるから、上はアルザス系の品種、下はボルドー系の品種と、幅のあるアペラシオン(産地)をカバーできるがゆえに、植え間違えると大変なことになります。

 

田辺  今はぶどう栽培をやっている人が増えたので、新規の人をサポートできるようになりました。助けてくれって言われたら、助けてあげられる。たとえば、上田市でやっている田口航くん(Sail the Ship Vineyard園主)も、最初うちの畑に相談しに来たので「やめとけ。大変だぞ」と伝えました(笑)。それでも来たので、じゃあサポートするよ、という感じですね。

 

波田野  何年もやっている人が、土地の顔役に「こいつちゃんとやるので、土地を紹介してやってください」と新しい人を紹介して繋ぐこともできるようになったね。

ヴィラデストをはじめ、20年前からワインに携わっている人は、たくさん失敗して実際に一度植えた樹を切る経験もしています。今は相談できる人がまわりにいっぱいいる。それはすごくありがたいことだし、僕自身も提供できるものは提供していきたいので、植える前に聞いてよって感じですね(笑)。ワインにできるぶどうが採れるまで3年、5年と時間がかかるから、時間を無駄にしてほしくない。

この情報伝達が、新しい産地の難しいところではあるよね。先人の経験を共有する仕組みがない。

 

 

――すでに何年も東御ワインに携わっている方同士の交流はいかがですか?

田辺  世代にもよるかもしれません。東御にやってくる人は年齢がばらばらで、60代もいれば20代もいます。60代と20代がいきなり「遊ぼうよ」とはなりにくいので。

世代によってスタートの立ち位置も違いますね。僕らより下の世代は、これからこれで生計を立てていかなくちゃいけない。50代、60代だと第2の人生で自分の夢をかなえたいという感じで、スタンスに違いがあるかもしれません。

 

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